と、筆者はよく聞かれます。そんな時に必ず紹介する企業の1つが Adobe です。
日本企業に限らず、歴史ある大企業は基本「会社全体をモノ売切りモデルに最適化できたことで成功して大きくなった企業」です。そうした企業の中にいる人がリテンションモデルについて学ぶと、「ものすごく遠い存在」に聞こえるようです。
Adobeは、彼らが言う「箱売り型」ビジネスを「サブスクリプション型」へ一気にシフトさせることを決断し、パートナー企業や当時の優良顧客までも巻き込んで改革を断行し、大きく成長した成功事例の1つです。
次のチャートは、Meritec Capital が2024年9月に公表した記事「SaaS Isn’t Dead (Yet) and AI Could Make it Bigger」の中で紹介された、Adobeの直近15年の収益トレンドです。
出所:AdobeのIR資料よりMreitech Capital が作成
記事では、次のように説明されます。
Adobeは、2009年にクラウド製品を立ち上げ、15年の間にランレートサブスクリプション収益(run-rate subscription revenue:ARRにほぼ相当)を約5,000万ドルから約210億ドルに成長させ、約2,200億ドルの市場価値を生み出しました。同社の2009年当時の収益総額 約29億ドルは、現在のランレートサブスクリプション収益の約7分の1でした。
少し補足します。
こうした数字で変革の概要を知ると、では実際に何を、そしてどんな苦労をしたのか知りたくなりますね。そこで本稿は、Adobeが変革を宣言した数年後の2017年に、Gainsightが主催するカンファレンスで、その改革について共有されたセッションの内容をご紹介します。
特にシフトが難しいと言われるSMB部門の変革をリードされた、当時Adobe のシニア・ディレクターだったケイティ・ヘンゲル氏( Katie Hingle )のセッションです。
写真:Pulse 2017で登壇されるケイティ・ヘンゲル氏
彼女の約20年に及ぶAdobeキャリアの中で「最も大きな冒険でした」と本人が告白するその体験を、ご自身の言葉でお話くださいました。
※以降は、Gainsight の許可を頂きPulse2017アーカイブの和訳を紹介した内容です
Adobeはデジタル体験を通じて世界を変えようとしています。
Photoshopや、Acrobatや、PDFをご存知の方も多いでしょう。さまざまなデジタル体験をして頂けます。皆さんのお気に入りの端末で、スポーツの大試合を観戦したり、愛読してる雑誌も読むことができます。フリップできるiPadなら、更にインタラクティブバージョンのデジタル体験を楽しめます。
これらは、当社Adobeのプロダクトが提供する想像を超えたデジタル体験です。過去数年の経験から当社が確信しているのは、これらのデジタル体験がかつてないほど人々の生活の中で重要な意味をもちだしているという点です。
今日もそういった話をたくさん耳にしました。これらのデジタル体験は、競合他社との差別化に繋がるものです。感動する魅力的なデジタル体験こそが、どのプロダクトを購入しようか考えている人の意思決定を左右します。
デジタル体験はかつてないほど重要になりました。そして、あなたのカスタマーにその素晴らしいデジタル体験をしてもらうには、彼らが新しいアイデアや新しい技術にいかに素早く適応できるようサポートするかがますます重要になり、そのスピードは信じられないほど短縮しています。
数年前、我々は根本的に変わらなければならないことに気づきました。今日は、我々が実行してきたことを振り返って皆さんにご紹介します。
ソフトウェア産業にいる皆さんならご承知と思いますが、過去30年間のカスタマーとの関係は、図のようなとても分かりやすい線形プロセスでした。
要は、シュリンクラップボックス(Shrink-wrap Box;訳者注:購入者がパッケージの封を破ることで使用許諾契約に同意したものとみなす契約方式のソフトウェア製品)の世界です。
我々はプロダクトを売り、誰かがそれを買って自分でインストールし、自分で使い方をマスターし、恐らく使いこなせるようになります。
やがてプロダクトのアップデートを計画します。持てる技術力を最大限に活かした新機能を詰め込んたソフトウェアを開発し、新たな箱に入れてアップグレード版として販売します。多くの人がアップグレードしてくれますが、誰もがアップグレードするわけではありません。
このモデルには大きな問題が3つありました。
1つ目は、私たちがカスタマーから非常に遠い位置に離れていることです。我々の販売パートナーは非常に優秀で、ソフトウェアの箱とライセンスをしっかり販売してくれましたが、我々はその実態の大部分を知りせんでした。カスタマーが一体誰なのかすら分かりません。カスタマーがプロダクトを買った後に登録してくれなければ、彼らの名前も知るすべがなかったのです。それが1つ目の問題です。
2つ目、売上の計上方式です。次のシュリンクラップボックスを販売できるのは18〜24カ月後でした。つまり、それより早く新機能を市場に提供することはできないのです。カスタマーへイノベーションをもっとスピーディに届けたくても無理なのです。
3つ目は、今言った通り時間がかかりすぎることです。
5年前、会社が大きく変わらなければならないという、本当に大きな目覚まし時計が鳴り響きました。それは単に、クラウドモデルへの移行、レンタルモデルへの移行という以上のもので、会社全体が上から下まで大変換することを意味しました。
皆さんも経験されよくご存知だと思いますが、全社改革(トランスフォーメーション)は、法務、財務、マーケティング、プロダクトエンジニアリングなど全部門での改革を意味します。単に販売モデル、営業の仕方だけ変えるとか、単にサービス部門が抱える問題ではないのです。
社内のあらゆる人が変わる必要がありました。なぜなら、私たちはカスタマーに対する考え方、カスタマーとの関わり方すべてを大きく変えなければならなかったからです。
同時に、私たちのカスタマーにもまた私たちと一緒に変わってもらう必要があることに気付きました。
私たちのカスタマーは、"購入"し "所有" できる従来の買い切り型プロダクトに慣れていました。加えて、本当にレンタルモデルへ移行する必要があるのかピンとこない人もいました。「クラウドに移行するって一体なにさ?」って感じです。
従って我々は、少なくとも社内では誰もが、変化が必要であることに確信をもち、変化することに対し自信をもって前進しなければなりませんでした。
カスタマーの腕を掴んで一緒に改革の旅路に連れ立だす必要がありました。そしてそれは素晴らしく上手く進んだ変革でした。
私のチームの目標はSMB(訳者注:Small to Medium Businessの略。およそ社員10〜500名規模の会社)向けのビジネスを担当していました。以降の話は、私たちがSMBのカスタマーに対し実施した変革です。
サブスクリプションという全く新しいタイプのプロダクトを販売する、正にその扉から外にでる時、私たちはカスタマーに関するデータやそもそも誰がカスタマーなのかもデータを持っていませんでした。
そこでまず私は B2BとB2Cともに理解するインバウンド & アウトバウンドの営業チームを組成しました。
彼らは本当によく働きました。SMBのカスタマーを見つけ出しては、大変な労力をかけて彼らと話し「このプロダクトは御社に有用です。ぜひ移行してください」と説得しました。結果、多くのカスタマーが新しいプロダクトへ移行してくれました。
道中、面白い発見をしました。私たちが最初に目指した目的「(新しい販売モデルへの)移行」は、大きな変革ストーリーの中のほんの一部に過ぎないということです。
マウンテンバイク同様、道中の激しいリフトを経て私は目を覚ましました。「ちょっと待って、見方を変える必要ない?」と。サブスクリプションへ「移行」してもらうことが目的でなく、重要なのはカスタマーと常に現在進行形の関係性を構築することだと。そこで ...
それは従来の線形プロセスと全く違います。私たちのプロダクトの価値を最大限に引き出してもらうよう、あらゆる方法を活かしてカスタマーと定期的に関わることをし始めました。彼らが我々のサービスを活用し、仲間と協業し、彼らの事業を差別化するのを支援するのです。
私たちはカスタマーにサブスクリプションという新しいモデルへ移行してもらうことを敢行しましたが、もちろんその結果、彼らが離れていっては意味がありません。そこで私たちは、カスタマーとの関係が長続きするようできる限りのことをしました。
繰り返しですが、私たちは従来のやり方を続けるわけにいきませんでした。新しい成功を手にするには、違う視点で考える必要があります。
Gainsight にはお世話になりました。同社の書籍「カスタマーサクセス」には、ハイタッチ、ロータッチ、テックタッチという素晴らしいモデルが紹介されています。
このモデルを参考に、私たちのSMBカスタマーに対して何をすべきか考えました。
Adobeにも大企業のカスタマーがたくさんいて、特に戦略アカウントにはハイタッチでやり取りします。購入していただくところからオンボーディング、そしてライフサイクル全体を通じハイタッチで関わります。それは、とてもとても深い関係です。
でもハイタッチモデルは明らかにSMBカスタマーに横展開できません。そして、私たちはSMBのカスタマーを放置するわけにもいきませんでした。
一方、Adobeプロダクトを継続利用し続けてくれる何百万人、何千万人、何億人もの消費者向けにはテックタッチモデルを開発しました。オンラインサイト adobe.comの他、プロダクト内メッセージや、電子メール経由でコンテンツを提供しています。
大企業でも、消費者でもない、残る非常に魅力的なセグメント、それが私たちのSMBカスタマーです。一体、彼らに対して何をすべきでしょう?
私たちが最初にしたのは、彼らをコホート別にグループ分けし、ハイタッチとテックタッチの2通りのカスタマーサクセスを提供することでした。
ハイタッチチームを立ち上げて営業組織を編成しました。彼らは直接カスタマーに電話をかけ、個社別にキャンペーンを提案し、プロダクトを正しく利用してもらえているか確認し、支援しました。
残りのカスタマーにはテックタッチを提供しました。このように異なる2通りのサービスを通してカスタマーとコミュニケーションしました。それは昔も今も、オンタイムベースのコミュニケーションとトリガーベースのコミュニケーションです。
結果は悪くなかったのですが、素晴らしくもありませんでした。
ハイタッチにはコストをかけ、リテンション率は改善しましたが目覚ましいほどではありませんでした。テックタッチはコストは掛からないものの、ハイタッチ同様、リテンション率はあまり改善しませんでした。
私たちが下した結論はマウンテンバイクと同じです。このやり方では変わらない。これをやり続けても意味がない。もっと違う新しいSMBとの関わり方を考える必要がある、と。
そこで基本に立ち戻り、"そもそも彼らについて私たちが知っていることは何だろう? 違う視点で考えてみれないだろうか? 全く新しいやり方はないか?" をとことん考えました。
ことに費やしました。サブスクリプションに移行した現在はSMBカスタマーに関する膨大なデータが手元にあります。
更に人口統計、企業統計、利用データを調べ、予測スコアリングや予測分析を行い、セグメント別に最適なやり取り手段を通じてコミュニケーションをとりました。
Gainsightのソリューションを使えば、適切なカスタマーに対し、適切なタイミングで、適切なコミュニケーションをとることができます。
例を紹介しましょう。上の図の中央トップにいるペニーはIT管理者、その下のシェルドンもIT管理者、最後のラジはユーザーです。3者3様の異なるニーズ、異なる使い方をしています。
プロダクトを活用しまくっているペニーと、チャーンのリスクを抱えるシェルドンとでは、すべき会話の内容が全く異なります。ラジは利用しているプロダクトに大満足です。つまり、3者それぞれ違う会話をする必要があります。
ペニーとラジにはテックタッチのやり取りです。そこに人が直接介在する必要はありません。しかしシェルドンは違います。彼はチャーンのリスクが高いため、適切なコミュニケーションをとれる営業担当者が実際に電話をかけて会話します。
そしてカスタマーの満足度を上げるため、従来は非常に手間のかかる調査や電話する必要があったカスタマーに対し、今はスケーラブルな自動サーベイを実施します。
これらすべてを経て最終的にフィードバックを得ます。私たちは常にテストして学ぶ、を繰り返します。
フィードバックを予測分析モデルに反映させ、リソースをどう投資すべきか、直接会話する人の時間を誰に向けるべきかを継続的に改善していきます。
繰り返します。
SMBのカスタマーをリテンションするカスタマーサクセスは可能です。ただ、それには私たちのアプローチを変える必要がありました。
Adobeの変革に参加した人たちはそれぞれが様々な経験しました。私の話はSMBのカスタマー向けという特定領域の経験です。
この経験から学んだのは、プロセス、テクノロジー、ピープルに関することです。
プロセスに関する学びは、あらゆる活動はデータに基づくということです。これは間違いなくとても重要な点です。
重要な教訓を1つあげるなら、もっと早くデータを掘り下げるべきだったということです。私たちの手元にある私たちのカスタマーに関するデータがすべての起点です。
次は手を付けるところを絞り込むことです。なかなか良い案が見つからないSMB向けカスタマーサクセスについて大勢の人がやってきてああしろ・こうしろと言います。
大事なのは、インパクトの大きい活動に焦点を当てて ToDoリストを掘り下げることです。最初に取り組んだのは契約更新でした。今はアップセルとクロスセルに注力しています。
その次は自動化です。カスタマージャーニーにおいて自動化の余地はまだまだたくさんあります。例えばチャットボットなどの余地を考えると個人的にも興奮します。
SMBカスタマー向けでは、テクノロジーを駆使し人を介さない方法の方が優れていることも多いです。
テクノロジーに関する学びは、優れたCRMシステムを基礎にもつべしということです。
カスタマーサクセスマネジメントシステムのテクノロジーが役立ちます。絶対に必要な重要な点です。私たちはプロセスと人材が必要ですが、偉大なるテクノロジーも必須です。
個人的な教訓は、カスタマーとの会話を記録し、トラッキングし、管理する仕組みが思ったより重要だったことです。
カスタマーは話している相手が自分のことをよく理解していることを期待します。従って彼らとの会話を記録し、次に話す人がその内容を知ることのできる仕組みがあれば、それは素晴らしいカスタマー体験に繋がります。テクノロジーはその核になります。
そしてテクノロジーは、今まさにコンタクトが必須という時のみに確実にカスタマーとやり取りするために活用することが大事です。
ピープルは、適切なタイミングに適切なコミュニケーションをする人のことです。学びは、カスタマーと直接コンタクトする人材に投資すべし、です。私たちはそういう人材を多数採用しました。
新たなプロセスや新たなテクノロジーに投資するのは、リテンション率の改善に1年以上の時間をかけたくないためです。えいやっと決めて直ぐに改善効果が確認できれば、それは長期的に成果が出る投資です。
ピープルに投資する利点は、私たち1人ひとりが実際にカスタマーと繋がれることです。
データも重要ですが、カスタマーに近い人たちがデータでは計り知れない洞察をくれることも非常に重要です。それは、カスタマーと直接話をする人から得られるものです。私たちはそれを利用し、テストして学ぶ、を繰り返します。
ピープルは、必ずしも営業部門やサービス部門の人だけでなく、カスタマーと関わりうる本当に様々な人たちすべてを含みます。実際、彼らは素晴らしいフォーメーションを組んで協業します。営業やサービスだけでなく、データやデータ分析に携わる人たちも非常に重要です。
以上、私たちが数年間かけて経験した大変革を20分間のプレゼンテーションに詰め込みました。ちっとも簡単なことではなくて、本当にいろいろな方法を試した長い旅路でしたが、同時にそれは素晴らしい経験でもありました。
私はAdobeに19年間在籍していますが、実はこの経験が最も大きな冒険でした。
最後にお伝えしたいのは、偉大なサイクリストの言葉「マージナルな利益がすべて」です。今朝のセッション流に言うと「1%増分の変化」はとても小さい勝利だが長期的に巨大な利益に繋がるということです。