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優良見込み客の70%が営業と会わずに離脱する時代に売上成長を目指す企業がすべきこと

作成者: 弘子ラザヴィ|Jul 3, 2026 4:00:00 PM

パイプライン(案件数)はかつてないほど増えているのに、受注や収益にはつながらない。多くのB2B企業が今、この状態に悩んでいます。

IDCのレポート「B2Bのパイプライン・コンバージョン・ギャップ:なぜ購買意欲の高いバイヤーは離脱するのか」によると、B2Bテック領域のバイヤーの70%が、営業担当に会わず、AIツールに頼って複雑な購買プロセスを乗り切るようになっています。そんなバイヤーは、自分で情報を集め、比較検討を終えた状態で企業の前に現れます。ところが、多くの企業はいまだに従来型の営業プロセスを運用しています。

本稿では、まずIDCの調査結果から、バイヤーの購買行動の変化と、意欲の高いバイヤーを遠ざけている5つの古い慣行について紹介します。踏まえて、カスタマーサクセスを実践する日本企業がここから何を学び、何をすべきかについて筆者の考察を紹介します。

1. IDCの「パイプライン・コンバージョン・ギャップ」レポートとは何か?

IDCは、ICT(情報通信技術)分野を専門とするグローバルの調査会社です。

同社は2026年春に調査レポートを公開し、Worldwide Digital Commerce部門のリサーチディレクターであるヘザー・ハーシー氏(Heather Hershey)らがその内容について討議するウェビナーを実施しました。本稿は、同ウェビナーの内容とそれを要約したブログ記事に基づいてポイントを紹介します。

レポートのタイトル「パイプライン・コンバージョン・ギャップ」とは、パイプライン(案件数)は増えているにもかかわらず、実際に受注や収益へ転換される割合が下がっていく現象を指します。

要は、マーケティングダッシュボード上のMQL(Marketing Qualified Lead、マーケティング活動によって選別された見込み客)の数値は好調に見えても、そこから先の受注率や商談化率が着実に悪化しているという状態です。

IDCは、この現象はマーケティング活動の量ではなく、その後の選別(クオリフィケーション)プロセスの問題だと指摘し、その背景にあるバイヤーの購買行動の変化を紐解きました。

 

2. B2Bバイヤーの購買行動はどう変わったのか

2.1 購買プロセスの変化とは:「直線的ファネル型」から「循環型」へ

従来のB2B購買プロセスは、認知から検討、比較、購買へと一方向に進む直線的なファネル型でした。それが今、バイヤーの行動は探索と評価を何度も行き来する循環型(マルチタッチポイント)に変わっています。

IDCのウェビナーでも、購買の意思決定に関わる人が増え、複数のタッチポイントを経由しながら前後に動く新しい購買行動が紹介されました。

興味深いのは、これだけデジタルツールやAIが普及したにもかかわらず、営業サイクルは短縮するどころか長期化している点です。IDCはこれを「何かが構造的におかしくなっているサイン」だといいます。関わる人数が増え検討が行き来する分だけ、合意形成に時間がかかるようになっているのです。

2.2 バイヤーが頼る情報源の変化とは:「SEO&人」から「AEO/GEO」へ

もう一つの大きな変化は、バイヤーが頼る情報源です。従来はウェブ検索や営業担当との会話が主な情報源でした。今では、ChatGPTなどのLLM(大規模言語モデル)による回答が情報収集の入り口になっています。

IDCのウェビナーでは、この変化に対応する新しい検索最適化の考え方として、AEO(Answer Engine Optimization、回答エンジン最適化)、またはGEO(Generative Engine Optimization、生成エンジン最適化)という概念が紹介されました。

この変化がバイヤーに与える影響は単純明快です。LLMは美辞麗句のマーケティング文書ではなく、より深く、専門的で、文脈のある「情報」を評価します。キーワードを並べただけの従来型のコンテンツは、AIによる回答生成の場から姿を消していきます。

この2つの変化の結果、多くの企業が運用している従来型の営業プロセスは、バイヤーにとって「我慢大会」に変容しました。AIで徹底的に調査を終えて今すぐにも買いたいと考えている意欲の高いバイヤーほど、この我慢大会に苛立ち、途中で離脱します。結果、パイプラインに残るのは「時間に余裕があり、急いでいない」バイヤーばかりになります。IDCのハーシー氏は、この状態を次のように表現します。

「ファネルは、バイヤーの品質ではなく忍耐力をフィルタリングしている」

こうした状態が続く限り、マーケティングダッシュボードの数字がどれだけ好調に見えても、収益は改善しません。では、具体的にどのような慣行がバイヤーを遠ざけているのでしょうか。

 

3. 意欲の高いバイヤーを逃す「5つの古い慣行」とは何か?

IDCのレポートは、意欲の高いバイヤーを遠ざける具体的な慣行を5つ挙げています。

3.1 ゲート付きコンテンツ(登録の強要)

ホワイトペーパーなどの資料をメールアドレスと引き換えに提供する手法です。同じ情報を30秒でAIに聞ける時代に、この登録フォームはバイヤーを苛立たせるだけです。さらに、専門性の高いコンテンツをAIのインデックス対象から隠すため、AEO観点からも自社を発見されにくくする副作用があります。

3.2 多段階の営業プロセス

複数回のデモや商談を経ないと製品情報にたどり着けない設計です。IDCの調査によると、意欲の高いバイヤーはこうした多段階のプロセスを、購入後の導入体験の「予告編」として捉える傾向があります。プロセスに摩擦を感じたバイヤーは、そのまま離脱します。

3.3 不透明な価格モデル

「価格はお問い合わせください」という案内は、かつては交渉力を確保する手段でした。今、バイヤーはこの表示を「価格が不透明で交渉次第」というネガティブなシグナルとして受け取ります。AIに頼めば数分で競合比較できる時代に、価格を隠すことは競合への乗り換えを加速させる要因になります。

3.4 基本情報を得るための人的接触の強要

連携仕様やセキュリティ基準、導入要件といった基本的な質問に答えるためだけに、商談の予約を求める設計です。IDCの調査では、これがバイヤーから一貫して最も不満とされる項目の一つでした。契約前にこれほど手間がかかるなら、契約後のサポートも同様だ、とバイヤーは推測します。

3.5 同じ質問の繰り返し

背景や課題、要件について、異なる担当者との複数回の商談で同じ内容を繰り返し聞かれる状態です。企業側が「丁寧な選別」と考えるプロセスは、バイヤー側からは「自社の内部プロセスの都合が、バイヤーの時間より優先される」というネガティブなシグナルとして映ります。

これら5つの慣行はすべて、以前は妥当な理由がありました。しかし、バイヤー自身が評価を終えた状態で企業の前に現れる今、そうした慣行はバイヤーを遠ざける致命的な「摩擦」に変わったのです。

以上がIDCレポートの要点です。

 

4. 優良顧客から選ばれる企業になるための要諦は何か?

ここからは、IDCの調査結果を踏まえ、カスタマーサクセスを実践する日本企業が何をすべきかについて筆者の考察を紹介します。

まず留意すべきは、これはSaaS企業だけの話ではないという点です。業種を問わず、複雑な購買プロセスを持つB2B企業であれば、同じ構造的な問題が起きる可能性があります。その時に、何も変えずに今まで通りのことを続けたならば、やがて優良顧客を失うでしょう。

では一体、どうすればよいでしょうか?売上成長を目指す企業ならば、次の3点を基本方針として業務プロセスを再構築する必要があります。

4.1 顧客に主導権を渡すべし ― なぜセルフサーブ戦略が重要なのか?

従来のB2B購買プロセスでは、見込み客を選別する主導権を企業が握ってきました。

しかし、意欲の高いバイヤーは、企業から選別・説得されることを望みません。「自分(バイヤー)が選択する」という姿勢を貫き、自分で製品を評価し、必要なときだけ人に質問したいと考えます。

セルフサーブ(Self-serve)とは、顧客が自分で情報を得たり課題を解決したりできる状態を用意することで顧客を支援するアプローチです。従来、人による手厚い支援の手がまわらない先や簡易な問題を解決する、効率的・低コストの手段として運用されてきました。

これからは、セルフサーブを売上成長のために、商談の入り口から活用する必要があります。優良顧客が求める、技術仕様、セキュリティ基準、導入要件、価格の考え方といった情報を、人を介さずに見つけられる状態にすることが何より不可欠です。

 

4.2 販売段階から全社でカスタマーサクセスを実践すべし ― なぜ「チームスポーツ型連携」が必要なのか?

IDCは、マーケティングと営業の関係が「リレー」から「チームスポーツ」に変わると言います。

従来は、マーケティングがバトンを持って走り、営業に渡す関係でした。

今は、マーケティング、営業、そしてカスタマーサクセスが同じフィールドに立ち、バイヤーの意図や期待に応じてそのつど最適な担当者が動く体制が求められています。それが、これから求められる「チームスポーツ型連携」です。

IDCの調査では、現代のCRO(Chief Revenue Officer、最高収益責任者)が最も重視する指標は、新規顧客の獲得よりも先に、既存顧客の収益の防衛と拡大でした。販売段階(プリセールス)とポストセールスを分けて考えること自体が、すでに現実に合わなくなっているのです。

4.3 従来の「当たり前」を再評価すべし ― 優良顧客はなぜ「摩擦」を嫌うのか?

古い慣行と呼ばれるようになった、ゲート付きコンテンツも、多段階の商談も、不透明な価格も、導入当初は合理的な理由がありました。

バイヤーの購買行動が変わった今、その「当たり前」は致命的な「摩擦」に変わりました。

つまり、「従来の当たり前はもう通用しない」と覚悟し、その業務プロセスは「摩擦」を生んでいないかを定期的に問い直す必要があります。重要なのは、摩擦を生んでいるプロセスを個別に直すことではなく、なぜそのプロセスが存在するのかという前提そのものを再評価する姿勢です。

 

5. カスタマーサクセスが実行の要となる役割を期待されるのはなぜか?

前章で挙げた3つの基本方針は、経営レベルが理解・納得して号令をかけたとしても、実際に実行する部門レベルが納得せず具体的な方法も曖昧なままでは実効性がありません。

ここで力を発揮できるのが、カスタマーサクセスです。

理由は明快で、カスタマーサクセスはすでに顧客と向き合い、顧客の行動データや会話履歴を蓄積してきた部門だからです。

3つの方針それぞれについて、カスタマーサクセスがどのような役割を担えるのか紹介します。

5.1 セルフサーブ戦略の「司令塔」になる ― CSが持つ会話履歴・行動データをどう活かすか?

カスタマーサクセスは、契約後の顧客とのやり取りを通じて、どのような質問が多いか、どのようなつまずきが起きやすいかを日常的に把握しています。こうした会話履歴や行動データ、試行錯誤も含む過去の経験・英知は、見込み客向けのセルフサーブコンテンツを設計する際の貴重な情報になります。

さらに、カスタマーサクセスが既存顧客に対して実践してきた、パーソナライズされたデジタルタッチのアプローチは、そのまま見込み客への情報提供にも応用できます。契約前と契約後で情報提供の設計を分けて考える必要はありません。

5.2 チームスポーツ型連携の「ハブ」になる ― CSはICP・カスタマージャーニーでどう旗振りをするか?

チームスポーツ型の連携をするには、マーケティング、営業、プロダクト、サポートといった各主要部門が同じ前提に立って動けるよう、顧客に関わる共通の定義や海図、そしてデータが必要です。

具体的には、ICP(Ideal Customer Profile、理想の顧客像)とカスタマージャーニーを全社で運用する必要があります。なお、ICPが初耳の方はぜひ記事「ICPとは」をご参照ください。そして、顧客がいま何を意図し、何を実行し、どんな課題を抱えているのか関するデータを部門横断で一元管理できれば、顧客が助けを求めた瞬間に、最も適した部門がすぐに対応できる体制が実現します。

カスタマーサクセスは、顧客のライフサイクル全体を見渡す立場にあるため、ICPやカスタマージャーニーの定義、連携体制の構築・運用を進める際の旗振り役に適しています。

5.3 摩擦の「発見者」になる ― 顧客を深く理解するCSは、現行プロセスをどう再設計できるか?

顧客を最も深く理解しているのはカスタマーサクセスです。だからこそ、現行の営業プロセスやコンテンツ設計のどこに摩擦があるのかを、顧客起点で発見しやすい立場にあります。

具体的には、次のような再設計が考えられます。

  • 専門的で文脈のある情報や価格の考え方を、人を介さずに見つけられる設計にする
  • デモや商談を、企業都合で設ける「ゲート」ではなく、バイヤーが選んで踏み込む「オプトイン」に位置づける
  • コンテンツを、説得のための「マーケティング文書」ではなく、質問への「回答」として書く(AEOの徹底)

これらはどれも、カスタマーサクセスが日常的に実践してきた顧客対応の発想そのものです。販売段階からこの発想を持ち込むことが、優良顧客に選ばれる企業への近道になります。

 

6. 経営者が採用すべき経営指標とは?

IDCのレポートが示す教訓はシンプルです。四半期ごとのMQL数やアポイント数といった短期的な「量」の指標を追い求める限り、現場はバイヤーに無理なプロセスを課し続け、結果として最も意欲の高い優良顧客を逃し続けます。

経営者が今取るべきは、どれだけ摩擦なく購買に至ったか、そしてLTV(Life Time Value、顧客生涯価値)の高い顧客をどれだけ獲得し、維持できているかという、中長期の「質」の指標を全社の最重要KPIに据える覚悟です。

あなたの会社は今、意欲の高い優良顧客を営業が会う前に逃していませんか?

この問いは、マーケティングや営業だけでなく、顧客を最もよく知るカスタマーサクセスが主導して部門横断で答えを見出すべきテーマです。ぜひ、社内で議論を始めてみてください。

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