「正しいカスタマーに販売すべし」。これは、カスタマーサクセスの大原則です。複利成長を目指す企業なら、この原則を徹底せずに成長を加速させることはできません。そして、正しいカスタマーに販売する上で重要なのが 「ICP」 という概念です。
ICP(Ideal Customer Profileの略。理想のカスタマー像)とは、マーケティングや営業が見込み客と接するときに参照する最優先セグメントを、厳密かつ明快に記述したものです。
本稿では、「正しいカスタマーに販売する」を組織として推進する上で重要な 「ICP」 について解説します。初耳だ、という人でも、その意味と重要性について理解し、明日に活かせるヒントがある内容です、ぜひ最後までご一読になり、売上成長を加速させてください。
改めて、ICPとは、マーケティングや営業が見込み客と接するときに参照する最優先セグメントを、厳密かつ明快に記述したものです。
平易な言葉でいうと、「うちの製品・サービスがメチャクチャお勧めな相手(企業・個人)」のことです。ICPならば、自社の製品・サービスを自力で120%活用し、期待した成果を手にして、買増しを申し出てくれ、長く利用し続けてくれ、頼まなくても周囲に本音でお勧めしてくれます。
ポイントは、「最優先セグメント」という点です。大勢いるカスタマー候補の中で、自社の製品・サービスとマッチする度合いが抜きんでて高い優良カスタマー候補です。つまり、マーケティングや営業のリソースを最優先して割くべき相手です。
ICPが全社で運用されている組織では、「XX(社名)クラスだ」、「ジョンのいる会社ね」と誰かが言えば、全員がICPのことだと瞬時に理解できます。それくらい、具体的に言語化された定義が共有されています。
ICPと聞くと、「ターゲット顧客の定義」と混同する方がいます。しかし、一般的なターゲット定義と比べて、ICPははるかに具体的に絞り込まれています。
SaaS業界の著名ブロガー、レニー・ラチツキー(Lenny Rachitsky)氏が20社近くのICPを調査・分析したところ、共通して「最低3つの属性」で定義されていることがわかりました。彼が記事「How to identify your ideal customer profile (ICP) 」で紹介している15社のうち、日本でも馴染みのありそうな4社の初期ICPを以下に紹介します。
Gong(会話音声分析ツール)の初期ICP:
Figma(デザイン支援ツール)の初期ICP:
Gusto(人事・給与管理プラットフォーム )の初期ICP:
Canva(デザイン支援ツール)の初期ICP:
どうでしょう?「ターゲット顧客」とは一線を画す、絞り込んだ具体性があります。
もちろん、GongもGustoも、成長とともにICPを更新しています。最初から完璧である必要はなく、「ここから始める」という具体的な定義を持つことが重要です。
実際にICPを属性3つで記述してみると、チームで意見が割れたり、言葉が出てこなかったりします。結果、「自分たちが、どれだけお客様を知らなかったか」に気づくことが多いです。
実は、それ自体が重要な発見です。ICPを言語化しようとするプロセスが、自社の顧客理解の深さと組織内の認識のずれを可視化してくれるのです。
ICPを定義することの意義は、2つあります。
1つ目は、リソース配分の優先順位を、主観でなく客観的な基準で決められることです。
カスタマーサクセスにかけられるコストは有限です。SaaS業界では、ポストセールス全体(サクセスとサポートを合わせた活動)へ投じられるリソースは売上の約10%以下と言われています。その限られたリソースを、「どの顧客に、どれだけ向けるか」を感覚で決めていると、知らず知らずのうちに非効率な配分になりがちです。
ICPが明確であれば、迷ったときの判断基準が生まれます。「この相手はICPに近いか、遠いか」という客観的な軸で、営業活動もカスタマーサクセス活動も優先順位をつけられるようになります。
2つ目は、組織全体が同じ方向を向いて動けることです。
「正しいカスタマーは誰か」の認識が営業・マーケティング・CSで揃っていなければ、それぞれが「良かれと思って」バラバラな行動をします。ICPは、その認識を揃えるための共通言語です。
拙著『カスタマーサクセスとは何か』では、「カスタマーは誰か」「カスタマーに提供する価値は何か」の定義があいまいなまま事業拡大を図ろうとして痛手を負い、その後に定義を徹底することで立て直した企業の実例を紹介しています。ICPの定義は、こうした組織的な失敗を防ぐ土台になります。
ICPを理解した方の多くが混乱するポイントがあります。「正しいカスタマー」「売ってはいけないカスタマー」との関係です。大切なポイントなので、確認しましょう。
図にすると、こうなります。
「売ってはいけないカスタマー」と「ICP」が両極に存在し、実際は、そのどちらにも属さない相手が大勢います。そうした「正しいカスタマー」を、リソースの優先順位をつけながらケアすることでLTVを高めていくこと、それがカスタマーサクセスです。
ICPを運用しようとする企業が陥る落とし穴があります。それは、「ICP=正しいカスタマー」と思い込み、「ICP以外には売ってはいけない」と勘違いすることです。これは大きな誤りです。
ICPは、「最優先」の基準、つまり「この相手が来たら絶対に逃してはいけない」相手です。ICPに当てはまらない相手を排除する基準ではありません。正しいカスタマーであれば、ICPでなくとも売ることに何ら問題はありません。
言い換えると、ICPとは「イエスかノーか」を決める二択のフィルターではなく、「どの相手に最も力を入れるか」を決める優先順位の軸です。
勘違いした企業がICPを定義すると、「これだと一部のお客様がカバーできなくなる」という不安が生まれます。しかしその不安が、ICPを曖昧な定義のままにしてしまう原因になります。
ICPを正しく理解したか確認するには、自社のICPを実際に書いてみるのが最も早いです。
そして、書き出した属性3つを改めて見て、「これが、本当にICPか?」を評価してみましょう。ポイントは、その属性に該当するカスタマーの希少性です。
ICPは、対象者が広すぎると機能しません。
例えば、「従業員1,000名超の中堅企業で、ソフトウェアを開発し、業務効率化に関心がある」では、多くの企業が該当します。「この条件を満たした相手が来たら、どんなに忙しくても最優先で動く」と言えるレベルまで絞り込むことが大切です。
ICPを定義することは、単にマーケティング上のセグメンテーションを決める作業ではありません。「誰の成功を届けるか」でリソース配分の優先順位を決める経営イシューです。
あなたの会社では、「最優先の顧客は誰か」という問いへの答えが、組織全体で共有されていますか?まずはチーム内で議論してみると良いでしょう。