サブスクリプションが定石のSaaS企業にとってリテンション率の水準を引き上げることは至上命題ですが、では一体何%を目標にすれば良いのか、について明確な答えを持つ企業はそれほど多くないのではないでしょうか?
今回は、SaaS企業に特化した投資等サービスを展開するSaaS Capital社の独自調査レポートに関する記事を紹介します。リテンションの目標値について悩んでいるSaaS企業にとり興味深い内容と思います。
注:SaaS Capital社の許可を頂き原文の和訳を紹介します。
SaaS企業にとって"Good"なリテンションとは?
このタイトルはとてもシンプルですが、それに答えるのは簡単ではありません。
定着率の実績を測定する最も良い方法をまず決めなければなりませんし、ベンチマークに適した類似事業を展開するピア企業群を見つける必要もあります。
長年にわたり何千社ものSaaS企業を分析してきた我々、SaaS Capitalは、ベンチマーキングに最適な指標は「グロスレベニューリテンション」であると確信しています。
但し、この指標を用いる上で必須なのは、「年間契約金額(Annual Contract Values)」または「カスタマー当り収益(Revenue Values per Customer)」が同等の企業ごとにベンチマークを行う必要があるという点です。
ネットレベニューリテンション(ネットには、クロスセル、アップセル、値上げを含む)とグロスレベニューリテンションは、すべての企業において共に継続的に計測すべき指標ですが、我々はグロスレベニューリテンションこそ企業のリテンション能力を測定する良い指標だと考えます(注)。
なぜなら、グロスレベニューリテンションは既存カスタマーに対してクロスセルやアップセルをしたり値上げをする能力の有無に左右されず、純粋に既存カスタマーをきちんと囲い込む力だけを切り出して計測することができる指標だからです。
ベンチマーク企業を探す際は、年間契約金額(ACV)を考慮しなければなりません。一般的に ACVが高いSaaSプロダクトほど自然と定着率も高くなります。
なぜなら、高価なSaaSプロダクトを購入するカスタマーほどプロダクトの購入検討、交渉、実装により多くの時間、エネルギー、そして資金を費やすからです。
また、高価なSaaSプロダクトほど大きく歴史の長い企業に購入される傾向があり、そのような企業は倒産や合併に伴う解約の頻度がずっと低いからです。従って、高いACVプロダクトを持つ企業と低いACVプロダクトを持つ企業とを比較することはそもそも全くナンセンスなのです。
下の表は、SaaS企業のACV別定着率ターゲットです。 同表は700社を超えるSaaS企業に行った調査から得た2016年の定着率実績データに基づいています。

我々は同調査データを用い、SaaS企業の年数、規模、成長率、そしてカスタマーサクセスリーダーの有無という視点から分析を行いました。詳細な結果はレポートをご覧ください。興味深い点を1つだけここでご紹介すると、企業の規模が大きくなるにつれ定着率は低下する傾向がはっきりと現れました。
注:
1. ネットレベニューリテンション(NRR)=[1年前のアクティブカスタマーからの当月売上高] ÷ [1年前の当月売上高]。一般的な定義でありSaaS Capital社も利用
2. グロスレベニューリテンションは、ネットレベニューリテンションと同様に計算する。但し、同一カスタマーにおいて当月売上高は1年前の当月売上高を超えない
操業年数別グロスリテンション

上記は、我々が2017年に実施したSaaS企業調査に基づく最新の発見です。創業間もない若い企業は、経験を重ねた企業よりもリテンションの水準が高いことを示しています。
私たちはこれを「偽善 (false positive)問題」と呼びますが、創業5年未満の企業や爆速で急成長中の企業はこの問題を本当によく理解すべきです。
我々がこれを「偽善問題」と呼ぶのは、若い企業のリテンション水準が高いのは、彼らのカスタマーの大部分は "新規" という事実のせいである、と我々は考えるためです。
創業直後の1年間は、全カスタマーとの関係も1歳未満であり、その後の成長率次第ではありますが、さらに数年にわたり、関係が1歳未満の既存カスタマーの割合は50%以上である可能性が高いのです。
仮に、あるSaaS事業が創業後5年間、毎年売上が倍増し続けたとしましょう。彼らのカスタマーの期待寿命が、もし3年と大変短かったとしても、古株カスタマーの割合が新参カスタマーを上回るまでの少なくとも最初の6年間は、グロスレベニューリテンションは非常に良い水準を維持し続けるのです。
契約した年度別にカスタマーを分類してコホート分析をすることで、見せかけのリテンション水準の背後に潜む本質的なリテンション能力を早い段階で把握することができます。
教訓:
SaaS企業のマネージャーや投資家は、創業直後あるいは爆速成長中のSaaS事業のチャーンに潜むこの「偽善」現象を正しく認識すべし
企業規模別グロスリテンション
今年の調査で発見したもう1つの面白い傾向は、企業の規模に関わるものです。

我々の最初の仮説は、企業が成長してカスタマーサクセスのスキルとリソースが増えればチャーンは減少する、でした。しかし結果は全く逆でした。企業規模が大きくなるにつれ、実はグロスリテンションも悪化し、ネットリテンションはほぼ同水準を維持します。
それには2つの要因が考えられます。
1) 企業規模は操業年数と相関するため、必然的に規模の小さい企業は若い企業であり、結果、前述の「偽善」問題が表面化している企業です。事業が成熟して一定規模に到達した時に初めて、実力としてのリテンション水準が明らかになるのです。
これらの大企業では、カスタマーサクセスがうまく機能し、リテンションの改善に貢献している可能性が非常に高いのですが、残念ながら、彼らのカスタマー基盤が自動的に老朽化することの影響により、その改善効果が打ち消されてしまうのです。
2) 大企業になると、チャーンを根絶する方法は見つけられないかもしれませんが、既存カスタマーからより多くの収益を上げる方法は見つけられることが明らかです。
SaaS事業が大きく成長するにつれ、クロスセル、アップセル、そして価格引き上げによるプラス効果が、リテンション低下によるマイナス効果を完全に相殺するため、グロスリテンションとネットリテンションの差は徐々に大きくなっていきます。
これは、グロスレベニューリテンションの実力が許容水準で安定していて、かつネットレベニューリテンション(NRR)を引き上げるための営業効率が悪くない限り、健全な現象です。
教訓:
企業が大きくなる(年を重ねる)ほど、カスタマーサクセスはより難しくなると心得るべし
ネットリテンションに与えるカスタマーサクセスのインパクト

この表のおかげで GainsightのNick Mehta氏が同社の年次イベントPulseに毎年我々を招待してくれることから、我々はこの表を"ニック"スライドと呼びます。
SaaS企業でカスタマーサクセスリーダーが活躍しているという事実は、ネットレベニューリテンション(NRR)という視点において非常に大きな差を生んでいることがわかります。
弊社の過去の分析では、ネットレベニューリテンション(NRR)が1パーセント上昇すれば、企業価値は5年間で12%向上することが実証されています。
上の表にある水準(6%)へリテンションが改善すれば、売上成長、成長率改善、生産性改善などにより、5年間で企業価値が74%増加すると予測されます。
教訓
どんな規模であろうとSaaS企業にとりリテンション水準が高いことの企業価値評価への影響は数年で1000万ドル(約10億円)の差を生むことを肝に銘じるべし
ネットレベニューリテンションと成長率の相関関係

前述の企業評価のポイントを踏まえると、売上と成長率の両方に貢献するリテンションは結果として、SaaS企業の価値評価に相当大きな影響を与えます。
また新規契約は成長する上で非常に重要な役割を果たすのは明らかですが、リテンションが内包するほどの強力な影響力はありません。
従って成長率とリテンションは長年にわたり常にとても強い相関関係を示すのです。ネットリテンションが1%改善するごとにSaaS事業の成長率は1%上がるのです。
教訓
新規売上を安定的に稼ぐのと同様、既存カスタマーからの売上を維持することがとても重要
結論
これらのデータは、SaaS企業の役員が業績データをベンチマークすることでチャーンを改善したり、企業の規模拡大に伴うリテンション指標の変化を正しく理解するのに役立ちます。
時と共に成長し企業価値を上げていく上で、リテンションがどれほど重要な指標なのかより良く理解し、リソースを正しく配分するのに役立つはずです。
注:
1. ネットレベニューリテンション(NRR)=[1年前のアクティブカスタマーからの当月売上高] ÷ [1年前の当月売上高]。一般的な定義でありSaaS Capital社も利用
2. グロスレベニューリテンションは、ネットレベニューリテンションと同様に計算。但し、同一カスタマーにおいて当月売上高は1年前の当月売上高を超えない
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