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    究極のカスタマーサクセス指標 “NDR”の持つ意味とは?

    世界最大のカスタマーサクセスカンファレンス「Pulse(パルス)」。2021年も前年に引き続きオンラインで開催されました。参加型セッションも多く、NPSは72と非常に満足度の高い内容でした。

    そんなPulseで特に印象に残るセッションを取り上げながら、毎回異なるゲストと日本企業の視点で語り合うウェビナーが、「Success4 Webinar Pulseシェアリング」です。

    第12回となる今回は、ゲストスピーカーに、B2B領域のスタートアップを投資対象とするグローバルなベンチャーキャピタルファンド、DNX Ventures の湊 雅之氏をお招きして、日本における「究極のカスタマーサクセス指標 “NDR”の重要性と目標値」についてを語り合いました。

    <ゲストスピーカー>
    湊 雅之氏(DNX Ventures/パートナー)※開催時点

    <ホスト> 弘子ラザヴィ(サクセスラボ/代表)


    第1部:ケロッグ氏のセッション「究極のカスタマーサクセス指標 “NDR”の重要性と目標値」

    弘子ラザヴィ(以下、弘子): 皆さんこんにちは。今回「Pulse2021」から取り上げるのは、私が個人的に大ファンでもあるデイブ・ケロッグ氏のセッションです。

    内容は、まず、カスタマーサクセスの究極の指標と言われるNDR(Net Dollar Retention Rate)とはそもそも何なのか。特にカスタマーサクセス責任者にとって、なぜNDRが重要なのかから始まります。その後、本題として、事業規模に応じたNDRの具体的な目標値について語られました。

    ケロッグさんは、米国SaaS界で彼を知らない人はいないと言っても過言ではない著名な経営者です。過去十数年にわたって、幅広いビジネスのCEOを歴任し、現在も複数の会社で社外取締役をしながら、経営コンサルタントとして数多くの会社の経営をサポートされています。また、ご自身の名前、Kelloggをもじった「Kellblog」という名前のブログで積極的に発信されるなど、とても精力的に活動されています。

    なお今回ご紹介するPulseでのプレゼン資料は、ケロッグさんが こちら で全ページ公開しています。

    昨年の「SaaStr」というカンファレンスの参加者1万5,000人による投票では、彼は「SaaS界で最も尊敬されるリーダートップ5」の1人にも選出されています。

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    NDRはなぜ今、究極のカスタマーサクセス指標と呼ばれるのか?

    セッションの冒頭でケロッグさんは、「歴史を振り返りましょう」と、10年前の状況から話し始めました。 当時のアメリカでは、ある期間に失った顧客価値の割合であるチャーン(Churn)と、顧客生涯価値(LTV;Life Time Value)がもっぱら議論されていました。

    なぜなら当時のSaaSは、下の図のように穴が空いて水がどんどん漏れて出ているバケツ状態だったからです。つまり、営業がせっせと水を注ぎ、カスタマーサクセスが水漏れを防いでいる状態でした。

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    ここでチャーンレートとは、バケツに入っている水の総量に対してどれだけ水が流出したのか、というとてもシンプルな概念です。ただ、ケロッグさん曰く、最大の問題は、そこに微妙な曖昧さが潜んでいる点です。

    具体的には、分数の分子である漏れる水を総量=グロス(Gross)で見るのか、純量=ネット(Net)で見るのか。また分母のバケツ内の水を、年間定期収益=ARR(Annual Recurring Revenue)とするのか、それとも更新対象のATR(Available to Renew)だけに絞るのか。

    分母と分子が2種類ずつ、事実上は4種類の異なるチャーンレートが存在するため、各社が何をチャーンと言っているのかに曖昧さが残っていたとケロッグさんは言います。

    さらにこの曖昧さが、もう1つの重要な指標であるLTVにも影響を及ぼします。LTVはCustomer Lifetime × ARRで求めますが、ご存知の通り、Customer Lifetime自体がチャーンレートから求められるもの。

    つまり、チャーンが4つ存在するならば、LTVも4種類になってしまうのです。こうした問題を踏まえて、「ARRは事実で、LTVは意見(ARR is a fact. LTV is an opinion)」と長らく揶揄されていました。

    そこで、より良い指標として注目を集め出したのがNDRです。なぜ今、これほど重視されているのでしょうか。

    結論からお伝えすると、SaaS企業にとってNDRが重要な最大の理由は、企業価値であるバリュエーションを左右する評価だからです。

    下のチャートは、横軸がNDR、縦軸が企業評価を次の12カ月の収益で割った数字、つまりバリュエーションが収益の何倍に相当するのかを示す指標である収益マルチプルを求め、実際の企業をプロットしたものです。ポイントは、右肩上がりで横に突き抜けている点線から分かるように、NDRと収益マルチプルとの間には相関関係が存在する点です。

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    また下の表は、NDRを含むいくつかの指標と収益マルチプルとの決定係数R2スコアを一覧にしたものです。最も相関が高いのが上部のNDRです。0.4ですね。

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    注目すべきは、次点に「NTM Revenue Growth」、次の1年間の収益成長率がある点です。つまり、多くの人は収益成長スピードこそが企業価値を左右すると考えていますが、実はそれよりもNDR、既存顧客のリテンション動向のほうが企業価値に強く影響を与えるということです。


    カスタマーサクセス責任者にとってNDRが重要な理由

    NDRが重要なもう1つの理由があります。それは、特にカスタマーサクセス責任者にとって大切な理由です。なぜなら、NDRが重視されればされるほど、カスタマーサクセスが経営会議のテーブルに招かれるのです。

    NDRが究極の指標になった今、カスタマーサクセスは、かつてバケツの穴をふさぐことを期待されていたときよりも経営上はるかに重要な位置にいます。企業のバリュエーションを左右するNDRへの貢献を強く期待されているのです。

    しかしケロッグさん曰く、「カスタマーサクセスの人たちは営業に比べて優しい人が多いために、カスタマーサクセス推進に必要なことを組織に要求したり、経営会議で強く発言することを躊躇する」傾向があります。

    それは改善する必要があります。NDRが重要な指標となった今、カスタマーサクセスの人達は、お客様が製品、営業、サービスに必要としていることを深く理解して、満たしていくことにもっと責任を持つ必要がある。それはカスタマーサクセスにとって権利や大きなチャンスが得られたと同時に、行使することはもはや義務なんだとケロッグさんは主張します。


    NDRの目標値とそこから浮かび上がってくるもの

    最後にいよいよ本題の、事業規模に応じた具体的NDR基準値についてです。NDRは何%を目標とすればいいのでしょうか。

    下のチャートは、横軸に事業規模、縦軸にNDRを置いたベンチマークの調査結果です。結論、NDRの平均値は104%です。これが一つの目標値です。

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    ここでケロッグさんが、「正直驚いた」と話していたのが、実際のNDRの中央値は事業規模によって変わらなかった点です。また別のデータベースによると、公開企業のNDRの平均値は111%だそうです。

    さらに、これら各種データにケロッグさんの経験も踏まえ、企業の成長ステージ別のNDR目標を一覧にしたのが下記のチャートです。

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    真ん中のGoodが目指すところ。左側のMinimalは、最低限に満たしたいレベル。右側のVery Goodは、ここまでいけたら素晴らしいというレベルを示しています。

    Goodな目標で見ると、上から2段目の“グロース期”が105%、そして3〜4段目の“IPOの直前”や“公開後”が110%です。

    事業の成長ステージ別だけではなく、事業モデルや価格モデルの違いによっても目標値は変わります。下記のスライドは、NDRのベンチマーク企業を紹介したものです。

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    上から3つ目の企業名には、企業向けクラウド型人事・財務アプリケーションを提供する「Workday」があり、NDRは100%と書かれています。前払いの大型長期契約が基本モデルのためです。 次に書かれた優良企業、クラウド型CRMプラットフォームを提供する「HubSpot」でも102%です。チャーンが比較的高くなるSMBを数多く開拓している営業の成果とも言えます。

    そして、ビジネスチャットツールを提供する「Slack」が123%。これはFreemiumモデル、つまり、小さく始めて大きくするモデルなので割合が高くなります。 クラウドコミュニケーションプラットフォームを提供する「Twilio」が133%、クラウドデータウェアハウスの「Snowflake」に至っては168%。すごいですよね。これは利用量ベースの価格モデルのためだそうです。

    利用量ベースの価格モデルについて、ケロッグ氏はさらに洞察を加えます。下の表は、OpenView社による分析チャートです。NDRの高い公開企業9社のうち、実に7社が利用量ベースの価格モデルだと指摘しています。

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    ケロッグさんによれば、彼が関与する大企業の多くは今、この利用量モデルに注目していて、導入を非常に真剣に検討しているそうです。「この価格モデルの変化は、かつてオンプレのソフトウェアがSaaSに置き換わったときと同じぐらい革新的な変化になる。決して過小評価をしてはいけない」、彼は最後にそう強調していました。


    第2部:湊氏との対談タイム「投資家から見る、SaaS企業とカスタマーサクセス指標」

    弘子: ここからはゲストスピーカーの湊さんをお招きして、NDRについて、投資家の視点を交えながら議論していきたいと思います。

    湊 雅之(以下、湊): DNX Venturesの湊と申します。DNX Venturesというのは日米と少し欧州にもまたがってBtoBのスタートアップへの投資をしている、いわゆるベンチャーキャピタルファーム(VC)です。

    私自身はVCは約6年目で、前職はSalesforce VenturesというSaaSの会社の投資部門にいました。今まで関わった会社はおよそ40社ぐらい、そのうちの8〜9割がSaaSでして、SaaS大好きの投資家です。よろしくお願いいたします。

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    弘子: ありがとうございます。ちなみに湊さんといえば、毎週配信されるメルマガが素晴らしく情報リッチで、私も毎週楽しみに読んでいます。それでご存知の方も多いんじゃないでしょうか。


    現在の日本におけるNDRの評価は?

    弘子: さっそく本題に入りたいと思います。ケロッグさんは昨年、「Churn is dead.」つまりチャーンなんてもう見なくていいという衝撃的な発言をしました。湊さんは彼の主張を聞いて、どうお感じになりましたか?

    湊: そうですね。特にコロナ以降のアメリカでは、利用量ベースの課金やプロダクト・レッド・グロース(Product-Led Growth)のSaaSが広がる中で、売上成長率に直結するNDRという指標が非常に注目をされてきていると思います。

    日本でも、感度が高い方たちの会話でNDRは登場するようになり、経営会議でも話されるようになりました。ただ、日本のSaaSはまだ黎明期にいるので、まだ指標としてチャーンは重要視されている印象はあります。

    弘子: ですね、私の周囲でもそんな印象を受けます。ただ、せっかく欧米の先行例があるので、チャーンはもうそろそろいいかなと思っている企業さんには、次がNDRという流れはあるのかなと個人的には思っています。

    湊さんや普段お付き合いのある投資家、経営者などの皆さんは、今、どういう指標を重視していらっしゃるのか、よかったらご紹介くださいませんか。

    湊: 日本の未上場マーケットに関しては、やはり売上成長率を目の前に置くケースがアーリーステージでは多いと思います。そこにプラスして、チャーンは上流のKPIとして見られています。

    ただ結局、売上成長率とチャーンだけだと、会社の強みや弱み、要は将来性が見えてこないんですよね。SaaSはある意味メトリクスが非常にきれいなので、その中でNDRが評価されるケースが増えてきているかなとは思います。

    たとえば最近、エンタープライズ向けのSaaS企業で多い「ランド&エクスパンド(Land and Expand)」、要は小さく入って少しずつ売り上げを拡大していく場合には、それが実際にできているのかをNDRで見る。

    あとは、SaaSは初期では効果が見えにくいのでなかなか単価が上がらない状況がありますが、導入が進んで効果が少しずつ見えるようになると、価格改定やアップグレードのプランをつくりますよね。その中で既存のお客様のシート数が増えているのか、アップグレードが増えているのかの全体像を見るためにNDRを見る。そういう動きは増えている気がします。

    弘子: なるほど、面白いですね。

    これは私が個人的に関心ある質問ですが、ケロッグさんが最後に話した、利用量ベースの課金モデル。アメリカでは最近すごく増えている肌感覚があるんですが、日本で動きはありますか。あと、ケロッグさんはこれはすごく大きなインパクトのある変化だとおっしゃっていましたが、湊さんはどうお考えですか?

    湊: そうですね、まず利用量ベースの課金が増えているかというと、まだまだですね。おそらく9割ほどの企業はID課金、ライセンス課金でやっています。これは裏を返すと、お客様側のリテラシーの問題でもあります。受け手側が、まだ利用量ベースの課金に慣れていないのだと思います。

    たとえば一部の開発者向けのツールであったり、EC系、フィンテック系の企業はもともとのモデルがテイクレートを取るモデルに近いところもあるので、検討しているケースも見られます。ただ、まだかなり少ないというのが正直なところですね。

    弘子: そうなんですね。

    湊: そして、2つ目の質問。利用量ベースの課金モデルへの移行についての私見をお答えすると、正直、革新的だと思います。ケロッグ氏はマルチプルに対して、要は企業価値に対して連動性が非常に高いと話していましたが、やはりそこを牽引している上位企業、SnowflakeやShopifyなどのほとんどが、利用量ベースの課金をやっていて、売上成長率が爆発的に伸びているので。今までのセールスモデルにはない成長率を達成できるという意味で革新的、というのが1つですね。

    もう1つの理由が、カスタマーサクセスやプロダクト・レッド・グロース(PLG)とも関係するんですが、要はオンラインですべてが完結していく中で、できるだけカスタマーサクセスを自動化し、いかにノータッチに近づけていくかという文脈の中において非常にチャレンジングではあるが、革新的ではないかと思います。

    弘子: なるほど。特に1つ目は、爆発的な成長のスピードがそのまま売上に反映され、株価に反映されるところが確かにあるなと今、私も気が付きました。

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    カスタマーサクセスの型化は永遠に終わらない営み

    弘子: プロダクト・レッド・グロースの絡みでもあるんですが、カスタマーサクセスのマチュリティ(成熟)は、受け手のお客様側の成熟度がまだ日本とアメリカに少し差がある。その中でどう測って、あるいは投資家としてはどういう視点で指導していくのでしょうか?

    湊: 投資家は大きく3つのポイントを見ます。 1つ目が、数字がまず見えているかどうか。SaaSは上位のKPIからブレイクダウンしていって、どこが課題かを診断をするのが非常に重要なので、そこで見ていくのが1つ。

    2つ目が、特にアーリーステージに多いですが、お客様の声です。カスタマーサクセスの対応や、効果がどれだけ出ているか、投資の際は必ず聞きます。あとチャーンが起きたときに、なぜそれが起こったのか、実際どれだけ使われていたのか。要は、利用されているホットなお客様と、コールドなお客様で何が違うのかは経営会議でも議論になります。

    3つ目は、もう少し進んだステージになりますが、規模化が進んでくると、やはり型化ができているかどうか。カスタマーのヘルススコアがつくられているかどうか。そのあたりができているかを一緒に検証していったり、参考事例をご紹介するケースはよくあります。

    弘子: なるほど。

    弘子:いろんな数字が見えるので、あれもこれもってなりがちなんですけれど、「ここを見ればいい」という北極星のようなKPIがちゃんと見えている会社って強いですよね。 それは思いつきじゃなくて、データを蓄積しながら数年がかりで、おそらく答え合わせをしながら見つけていっているのかなと思うんですが、実際のところ、どれぐらいの期間をかけて皆さん型化を進めていらっしゃるのですか。

    湊: 素晴らしい質問ですね。まず最初に申し上げたいのは、「それは永遠に終わらない」ということです。プロダクトが進化していけば、お客様も進化するので、その中で変わっていきますから。

    そして、いったん基礎ができるまでも、短くても1年はかかるケースが多いと思います。というのは、当たり前ですけども、経営の中でカスタマーサクセスは大きなアジェンダではありますが、それだけはないので時間はかかりますよね。

    弘子: そうですね、ありがとうございます。

    弘子:そうして1年ほどかけてカスタマーサクセスの体制なり、型化を進めていく企業の皆さんに共通して、苦労して乗り越えていくようなストーリーはあるんでしょうか。

    湊: 苦労する部分ですね。まずは初期で一番は、創業の経営メンバーのチーム構成にかなり依存する部分もありますが、プロダクトの活用状況の可視化ですね。もともとデータサイエンスの基礎素養のある方が経営陣にいると見えていたりするんですけど、時系列のリテンションのデータなどが全く見えていないケースも結構あるので、大きなジャンプが必要になります。やはり基点はデータですので。そこが手探りになっているケースは結構あると感じますね。

    弘子: そういうときにはどのように指導するんですか?

    湊: 過去の事例をお話しするケースもありますし、あとは、僕たち投資家と話すよりも実務をやっている方と話したほうが早いので、同じ苦労をして立ち上がった他社の経営者やカスタマーサクセスリーダーの方たちにおつなぎして話をしていただく。そして、成功のイメージをまず持ってもらうのがおそらく一番いい気がしています。


    成長ステージにおけるカスタマーサクセス人材採用のあり方

    弘子: なるほど。仕組みの話を伺いましたが、もう1つ、私が気になっているのが人材面です。カスタマーサクセスは全く新しい職種じゃないですか。アメリカでもSaaSが生まれる前にはほとんどなかった。必要になって皆さんが一斉に学び出しているわけですよね。

    湊さんは、企業のカスタマーサクセス人材の採用についてどう思われますか。たとえば、カスタマーサクセスの実務をすごく知っていて、現場を任せられるリーダークラスを張ればいいのか。それとも、経営層にカスタマーサクセスの素養があり、数字も分かる、分析力もある人が必要なのか。

    湊: そうですね。カスタマーサクセスマネージャーと、その環境を整備する役割を持つCS Ops(Customer Success Operations)とで少し違うと思うんですけど、今のお話だと後者に近いお話ですよね。その場合は2つのパターンがあると思います。経営層のわりと数字周りがもともと得意で、経営目線と現場目線とを持てる方が従事されて、型化していくケースが1つですね。

    2つ目が、ほかのSaaS企業でお客様をちゃんと理解されていて、数字的な素養や興味もある方が行うケース。もちろん、カスタマーサクセスマネージャーをされていた方がやるケースもあると思います。

    弘子: 幅広く実際の現場を守っているコントリビューター層も含め、今、日本でもアメリカでもカスタマーサクセス人材の採用難が言われています。もし湊さんが投資先の方から、どういう視点で採用を決めていったらいいかを聞かれたら、どうアドバイスされますか。

    湊: まず、型化をしていく話で言うと、正直なかなか人は見つからないので、まずは経営陣ですよね。セールスフォースでも、最初のカスタマーサクセスマネージャーは創業者でCEOのマーク・ベニオフ氏ですから。やはりお客様のサクセスに経営陣が入っていくのは、SaaS企業の成長において非常に重要だと思うので、まずは経営陣がそこをやるのが多いかなと思いますね。

    あとは、人材採用。ほとんどがポテンシャル採用になりますけれども、未経験者で採用するのは、結構コンサル出身者が多いでしょうか。やはり人材層のボリュームも多いので。

    あとはソフトウェア系の会社で、SaaSに限らず採るケースもあります。ただ、数字の素養がどこまであるかはどうしてもチャレンジになるので、完全に1人で完結するのがなかなか難しい場合は、業務を細分化して採用を分けるのを勧めるというか、ひとつの現実解として伝えます。

    弘子: ありがとうございます。湊さんから見て、キャリアチェンジがうまくいった例はありますか?

    湊: 全く未経験でも、カスタマーサクセス的なマインドを持っている上で、統計分析やデータサイエンス系の知見がある方が立ち上がりが一番早いという印象はあります。もともとOps的なことをされていたケースもありますし、稀有な例かもしれませんが、コンシューマー系のビジネスをされていた方もいました。

    弘子: それは面白いですね。

    湊: 日本の場合、もともとテック業界の成り立ちから、メディアやゲーム業界に数字に基づいたグロースハックが得意な人たちが一定数いるので、そういう方がたがやるケースも数は多くないですが、ありますね。

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    投資家が将来性を見るために、重要視する指標とは?

    弘子: ありがとうございます。今、視聴者さんから質問が入りました。NDRは、グローバルではトレンドになりつつも、日本だと、まだ他にもたくさんある指標の中の1つという感じがしています。湊さんが今、投資する上で重視している数字の指標があれば、3つほど教えていただけませんか?

    湊: これは事業モデルによる部分が結構あって。NDRを見るケースもあります。でも、やっぱり必ず見るのは売上成長率とチャーンレートですよね。要は会社の状態を理解できる最初の指標なので。

    弘子: チャーンはグロスですか?

    湊: はい。 あと、必ず見るもので言えば、利用状況ですね。DAU/MAUでもいいんですけども、要はお客様が本当に使っているのかどうかがやっぱり初期だと重要なので、そこは聞きます。ただ、数字が出てこないケースも正直に言えば半分ぐらいあるので、それがないとだめかといえば、そうではないんですけれども。

    黎明期には、売りっぱなしにしている強い営業チームが結構あって。かつ年間契約も取れていると、何が起こってるのかが外から分からないんですね。将来性があるのかが見えなくなってしまう。なので、プロダクトがそもそも使われているかは必ずチェックします。そこは、ベースになっているかもしれない。

    弘子: 良い視点ですね。

    弘子:日本でははだ、投資家さんの間でも、事業の経営自体も、新規売上を重視する文化があるような気がしています。そこについて、湊さんの感覚を知りたいです。

    湊: なるほど。正直、売上にフォーカスする投資家は多いと思います。新規重視なのもその通りで、あまりにもパイが少ないと、当たり前ですけれど既存からのNDRがあっても意味がないので。アメリカも日本も一緒で、初期のシリーズAやAとBの間ぐらいまでは新規のマインドシェアがかなり高いのは事実だと思います。

    ただ、投資家も過去いろいろ経験をしているわけです。シリーズBやCになったときにも、新規獲得に執心する経営者の方はやっぱりいらっしゃって、その後に何が起こるかというと、チャーンが上がって、売上が寝てくる。早めの段階でチャーンを意識するのはもちろんですし、さっき申し上げた通り、日本企業の場合は営業サイクルが長いケースがセグメントによって結構あるので、その場合はいかに既存からのアップセル、クロスセルができるかを指標で見る投資家は増えてきていると思います。

    弘子: それは追い風ですね。でも、経営者が営業出身の方だと、結構マインドセットを変えるのは難しそうな気もしますが、経験で人は変わるんでしょうか?

    湊: 一番変わるのは成長が寝てくるポイントですね、やはり。僕ら事業家ではない投資家がいくら大事ですと言っても、特に目標意識が高い経営者であればあるほど、営業に意識が行きやすい現実はあるとは思います。そんなときは、適切なタイミングで、繰り返し繰り返し伝えます。ストーカーのように(笑)。

    弘子: 大切、大切。

    湊: 「先週聞きましたが、これはどうなってますか?」というのを、何回も聞いたり。あとは、現実的なやり方として、経営会議のアジェンダの順番を変える。だいたい営業系KPIが最初にあるケースが多いんですが、カスタマーサクセスを最初に持ってきたらどうかと提案をしたりします。要は、マインドシェアに関わってくるので。

    弘子: それ、すごく大切なポイントですね。

    湊: カスタマーサクセスを後回しにして、場合によっては、営業のところで話が終わっちゃって、カスタマーサクセスについてずっと経営会議で話していないとか。

    弘子: あるあるですね。その提案はすぐ実現できて、効果もありそうです。


    ユーセージベースは議論のしがいあるテーマ

    弘子: また1つ質問が届きました。利用量に応じた価格モデル、つまりユーセージベースになると、シンプルに利用量を増やすことが大事になると思います。利用量を増やすドライバーとして、単純には使う人を増やすことがあると思いますが、そのほかに投資先が重視していることはありますか?

    これは個人的な意見ですけれど、私にはAWS(Amazon Web Services)が一番典型的な事例だと思います。AWSは契約しただけでは1円も売り上げが立たないけれど、そこでお客さんが事業を始めて、その事業が成長することでより使われ、結果としてAmazonの売上が立っていく。だからAWSを使うお客様の事業が成功していくと、その成長に乗って自社サービスもそのまま使われる。

    湊: ユーセージベースの課金にはいくつかのケースがあるんですが、使う人を増やすのはアカウントベースの課金に近いのかな。

    弘子: 確かに。厳密に言うとシートやアカウントベースじゃないんですよね、ユーセージベースは。1人の1アカウントでユース(利用)が増えていく。

    湊: さらにハイブリッドが実はあるので。ラダーが付いていて、何人以上だと次のプランにアップグレードしていく…などのケースだと、いかにバイラル性があるか、ネットワーク効果があるかが重要になってきます。あと、先ほど申し上げたプロダクトの活用状況というのは、非常にコアな情報になってきます。

    おそらく今、海外でユーセージベースで騒がれているケースというのは、どちらかというとかなり従量課金に近い。だからAWSはまさにそうですけれども、データ量ですとか、あとはShopifyなんかが分かりやすいですが、トランザクションのボリュームですよね。ケースによってドライバーは変わりますし、どこまでがユーセージベースの定義に入るかも議論はあるところです。

    弘子: そうですね。次に議論したい気がしてきました。

    湊: 良いテーマだと思います。すごく奥が深いので。

    弘子: もう一つ質問が届きました。ユーセージベースは、ベンダー側には爆発的な売上増のメリットがあると理解したんですが、ユーザー側にはコストが読めないというデメリットがないでしょうか、と。

    湊: おっしゃる通りで、かなり議論になるポイントですね。このデメリットは必ずぶち当たる壁で、お客さん側でキャップをかけてしまったりするんですよ。「ここまで今月使っちゃったからもうやめよう」みたいな。それをいかに乗り越えるようなプランニングをするか、料金プランをつくるかというのが重要になってくると思います。

    たとえばディスカウントをラダーを上に行くほど上げたり、ハイブリッドにしたりするケースもありますね。アカウント課金とユーセージベースをかけ合わせたり、一括で期間契約してくれたら上限リミットを上げたり。さまざまな試行錯誤がされています。

    弘子: そうですね。うちの夫もSaaSのスタートアップ経営者ですが、そのあたりが必ず議論になる、結構揉めるという話は聞きます。

    湊: その通りだと思います、本当に。

    弘子: ロジックから言えば、ボリュームを使っているということはそれだけお客様側でも成果が出ているということだから、ぼったくりのような不当なプロダクトでない限りはコストはまかなえているとも思うんですが。

    湊: そこは結構タイプによるかもしれないですね。売上に直結するSaaSだったらいいんですけども、Dev系のツールなどはコストサイドが膨れ上がっちゃうというリスクがあるので。

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    カスタマーサクセスは日本企業の救世主だと思っている

    弘子: 深いですね。私も今、関心がぐっと高まりました。最後に湊さんから、日本で活躍するカスタマーサクセスのリーダーの方たちへエールをお願いできますか。

    湊: 僕は、カスタマーサクセスは、カルチャー自体がSaaSの魂だなと思っているので、カスタマーサクセスの人たちが、ある意味で日本のヒーローだと思っています。

    SaaSを一大産業にしていくという僕の夢の実現のためにも、カスタマーサクセスがいかに市場に浸透していけるかはとても大きい。だからこそサクセス人材不足がボトルネックになっているのは現実ですし、増やしていきたいです。

    日本の市場全体が縮小している中で、日本の企業は、既存のお客様にいかにファンになってもらうか、もっと使っていただけるかが死活問題だと思うんです。その意味で、今カスタマーサクセスをされている方がたは、日本の産業を成長させていく意味において最先端で、最も重要なポジションと感じています。

    ぜひ一緒に、日本企業への啓蒙も含めてやっていきましょう。

    弘子: 素晴らしいエールをありがとうございます。今日は初めて取り組んだテーマでしたが、皆さんに少しでも学びがあったならば幸いです。改めて湊さん、今日はありがとうございました。

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