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    AI時代の顧客起点とは:データで厳しく突き返し期待以上の未来に導く収益エンジンのCS

    カスタマーサクセス界の「ゴッドマザー」と呼ばれる人物をご存知ですか? それは、マリア・マルティネス(Maria Martinez)氏です。

    彼女は、2010年から約8年在籍したセールスフォース(Salesforce)でカスタマーサクセスを事業の柱として確立しました。2018年から約6年在籍したシスコ(Cisco)では数十億ドル規模の事業転換を主導しました。現在、多数企業の社外取締役を務めています。

    2026年4月、マルティネス氏をゲストに招いたウェビナーが開催されました。約80分にわたる対談と質疑応答の内容は、ゴッドマザーの教訓をリアルに伺える貴重な機会でした。

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    本稿では、ウェビナーで語られたマルティネス氏の言葉から、筆者の視点で日本企業への学びを考察した結果を重要論点3つとしてご紹介します。

    マリア・マルティネス氏とはどのような人物か

    マリア・マルティネス(Maria Martinez)氏について簡単にご紹介します。

    彼女は、オハイオ州立大学でエンジニアリングを修めた後、ベル研究所、マイクロソフトでのエンジニアリング・リーダーシップを経て、セールスフォースに参画。その後、シスコへ移り、業界の大変革期を常に最前線でリードしてきました。

    セールスフォース時代には、「カスタマーフォーライフ(Customer for Life)」組織を率い、オンボーディング・更新・サポート・教育を一体の事業モデルとして統合しました。

    当時、会社全体で20%近くに達していた収益ベースのチャーンを10ポイント以上改善。10億ドル超の規模の企業において、文字通り数十億ドルの利益貢献を果たしました。実は、階層型サクセスプラン、早期警戒システム、QBR(四半期ビジネスレビュー)といった、今日では常識的な数多くのカスタマーサクセス実務は、この時代に生まれています。

    シスコでは、チーフ・カスタマー・エクスペリエンス・オフィサー(Chief Customer Experience Officer)として迎え入れられた後、最高執行責任者(COO)へと役割を拡大。ハードウェア販売中心のビジネスをソフトウェア・リカーリング(継続収益)モデルへ転換するという、歴史的な変革を主導しました。ハードウェア価値の40%をソフトウェア収益として継続的に得られる仕組みを構築し、「1度売ったら終わり」から「関係が続く限り収益が積み上がる」モデルへと再設計したのです。

    現在は、バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)、マッケソン(McKesson)、タイソン・フーズ(Tyson Foods)などの大手米企業の社外取締役を務めながら、AIスタートアップのアドバイザーとしても活動しています。SaaSの枠を超え、金融・医療・食品という異業種の大企業のガバナンスを担っているという事実は、カスタマーサクセスとカスタマーリーダーシップが特定業界に限らない普遍的な経営能力であることを示しています。

    論点① 顧客の望む通りにすることは、なぜ「顧客中心主義」ではないのか

    ウェビナーの冒頭、マルティネス氏はこう言いました。

    顧客中心であることは、顧客が望む通りにすることとは違います。これは非常に重要な点です。

    彼女が強調したのは、顧客は「症状」を語るが、「根本的な問題」は語らない、という現実です。

    顧客の声に耳を傾け、要望を社内に持ち帰り、改善に努める。一見、これこそが顧客中心主義、顧客起点のように思えます。しかし、顧客が「この機能が使いにくい」と言うとき、本当の問題は機能のUIではなく、そもそもの業務フローの設計にあるかもしれません。「もっと安くしてほしい」という要望の裏には、価値を実感できていないというオンボーディングの失敗が隠れているかもしれません。

    つまり、こうした表面的な声に対して1つ1つ応え続けることは、根本的な価値提供とはほど遠い、場当たり的な対応の繰り返しになりかねない、ということです。

    では、どうすれば根本問題にたどり着けるのか?

    彼女が挙げるのは、行動データとAIの活用です。顧客が製品をどう使っているのか、どこで止まっているのか、どの機能を使っていないのか。データこそが顧客の「真実/行動」を教えてくれます。そうしたデータをもとに、時には顧客の要望に「ノー」と言い、顧客自身が想像する以上の未来へと導くこと。それが真のカスタマーサクセスだと断言します。

    筆者が特に印象的だったのは、「顧客から最も感謝されるCSMは誰か?」という問いへの答えです。

    私が見てきた中で、顧客から本当に評価される人は、顧客の言葉をそのまま社内に持ち帰る人ではありません。データをもとに、顧客に対して厳しく突き返せる人です。それが結果的に、顧客を彼らが想像していた以上の場所へと連れていくのです。

    それは、「お客様は神様」という意識が残る日本組織に対する、静かながら本質的な問い直しです。御用聞きのカスタマーサクセスは、短期的に顧客を喜ばせるかもしれません。しかし、顧客の真の成功と、それに伴う自社のNRR(ネット収益維持率)向上には結びつきません。

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    論点② カスタマーサクセス責任者が経営会議で影響力を持つには何が必要か

    カスタマーサクセス責任者がよく吐露する悩みがあります。それは、「カスタマーサクセスの重要性を経営層がわかってくれない」「リソースを増やしてほしいが聞いてもらえない」。

    マルティネス氏は、こうした悩みにも直球で回答しました。

    リソースの話から始めてはいけません。若いリーダーほど、最初に『人を増やしてほしい』と言いがちです。しかし、リソースは、あなたが全員を納得させた後で、自然についてくるものです。

    では、何を先に示すべきか。答えは明確で、財務インパクトです。カスタマーサクセスの活動が会社の売上や利益にどう貢献するかを数字で語ること。これなしに、リソースを確保することはできません。

    この点について、彼女は自身の経験を披露されました。

    彼女がセールスフォースに入社した当時、収益チャーンはなんと約19%に達していました。世界金融危機の余波もあり、解約が止まらない。そんな状況で彼女はCFOや経営陣の前でこう宣言しました。「私はこのチャーンを改善します。そして、その改善額を数十億ドルの利益として会社にもたらします。私自身の報酬をそのコミットメントに連動させます」と。

    結果、まず手にしたのは信頼です。その後、リソースが動きました。チャーンは約10ポイント以上改善。10億ドルを超える企業規模において、それは文字通り多額の利益として会社に還元されました。

    プロダクト部門を動かすのも同じ論理です。

    「顧客が困っています」と感情的に訴えるのではなく、「現在のサポートコールの10%が、特定機能への不満に起因しています。これを修正することで、年間〇千万円のサポートコストと解約リスクを削減できます」と具体的なデータで語る。エンジニアリングチームは、顧客のことを知らないのではなく、ビジネスの言語で語りかけられていないだけなのです。

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    論点③ AI時代のカスタマーサクセスはどこに向かうのか

    「CSMはもっと技術的支援ができるべきか?」「AIによってCSMの仕事はなくなるのか?」こうした問いへの答えは、単純な「技術化」でも「AI代替」でもありませんでした。

    マルティネス氏は、テクニカルなCSMへのシフトという潮流を肯定しつつ、それ以上に重要なことを指摘します。

    大切なのは、CSMを増やすことではありません。顧客と向き合う人たちを、データ、ツール、アセットで徹底的に武装することです。顧客の前で1人で答えられること。それを支える環境を整えることが、今最も重要なことです。

    シスコ時代、彼女のチームでは「カスタマー・サクセス・エグゼクティブ」と「カスタマー・サクセス・スペシャリスト」という2つの役割を設けていました。前者は顧客全体との関係を担い、後者は特定製品の深い技術知識を持つ専門家として、複数の担当者をプールで支援する体制です。1人のCSMに全てを負わせるのではなく、役割を分けて、それぞれがデータとツールを活用しながら顧客に向き合う仕組みを設計しました。

    印象深かったのは、「バリュー・ユースケース(Value Use Cases)」という概念です。それは、自社プロダクトが最も強みを発揮し顧客に実際の価値をもたらす、少数の利用シナリオのことです。マルティネス氏は現在、複数のスタートアップにアドバイザーとして関わる中で、この定義を最初に行うことを必ず求めています。

    実際、彼女はあるスタートアップで、AIを活用してバリュー・ユースケースを洗い出し、それをエンジニアリング・マーケティング・営業・CSの全チームで共通言語化するプロセスを主導しました。それまでは、エンジニアリングチームが語る「価値」と、マーケティングが語る「価値」と、CSが語る「価値」はバラバラでした。しかし、少数のユースケースを共通言語として定義した瞬間に、全チームのロードマップ・メッセージ・支援内容が同じ方向を向き始めたといいます。

    そのユースケースを中心にテレメトリーを設計し直しました。どのシグナルを見るべきかが明確になると、顧客が価値を実感しているかどうかを、言葉ではなくデータで把握できるようになります。

    非常に示唆深いこの話は、SaaS企業だけの話ではありません。製品を持つ企業であれば、業種を問わずに応用できる考え方です。

    サポートセンターでの対応履歴、製品の利用ログ、営業のヒアリングデータ。これらを「バリュー・ユースケース」という共通フレームで整理することで、部門間の連携が劇的に改善されます。日本企業でカスタマーサクセスを推進しようとするとき、部門間のサイロが最大の壁になることが多いですが、この視点はその突破口になり得ます。

    以上、論点3つを紹介しました。彼女の回答はどれも明快ですが、実行することは必ずしも容易ではありません。

    実行へのヒントとして、ウェビナーの質疑応答時に彼女が強調した点を紹介します。それは、経営者自身を含め、顧客と直接向き合う時間を確保することの大切さです。

    筆者が印象的だったのは、彼女がいつの時代も自分のカレンダーの約20%を顧客との直接対話に充てることを意図的に設計していた、との発言でした。アシスタントに「毎週、顧客との時間を必ず入れて」と指示し、CIOや顧客グループとの会合を定期的にスケジュールに組み込んでいたそうです。

    この事実こそ、筆者が日本企業の経営メンバーに届けたいメッセージです。忙しい(から時間が取れない)ではなく、「顧客と会う」を自身の最優先事項に設定する。その姿勢が、顧客起点の組織文化を上から作っていくのです。

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    結論:日本のCSリーダーへのエール

    マルティネス氏がウェビナーを通じて一貫して語ったことは、以下3点です。

    1)顧客の声を聞くことと、顧客の言いなりになることは全く別物である。顧客を本当の成功へ導くには、データで顧客の真の課題を掘り起こし、時には厳しく突き返すことが肝要。

    2)カスタマーサクセスチームは、財務的インパクトの言語で語れなければ、経営の意思決定にの会話に入れない。リソースを求める前に、経営が求める数字でコミットすべし。

    3)AI時代にCSMを「武装」するとは、人数を増やすことでなく、データ・ツール・共通言語(バリュー・ユースケース)で組織全体を整えること。この根本的な発想の転換が必須。

    彼女のキャリアは、カスタマーサクセスが「顧客対応の部門」から「企業変革のエンジン」へと進化できることを、数十億ドルの実績で証明しています。それは決して、遠い海外のレアケースではなく、日本の将来を担うカスタマーサクセスリーダーにとって全く同じ可能性を秘める話です。

    あなたの会社のカスタマーサクセスチームは、財務的インパクトの言語で経営層と対話できていますか? 顧客の「症状」の裏にある「本当の課題」をデータで捉え、厳しく向き合えていますか? ぜひ、チームで議論してみてください。


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